25、オーストリア、リヒテンシュタイン、スイス


2005
      28番目の訪問国 オーストリア

5月5日(木)ハイリゲンブルート のCamp場
 朝、コルチナ Camp場を出て、Camp場の隣町に有ったスーパーで食材を買入した後、国道S51号線を走る。又もや今日も反対方向に走ってしまた。途中で逆に向かって居ると気が着き反転する。(欧州の道路標識には道路番号と共に、間違えない様にWやE等と方向が表示されている)
ミズリーナ湖畔の風景
 そして、いよいよオーストリアに向けて走り出す。
 途中ガイドBookに有ったミズリーナ(Misurina)湖の案内標識が有ったので、P45号線の登板路を走る。結構美しい風景で有ったが、ガイドBookに載っていた最も美しい場所と言われる写真の場所には到達しなかった。
 S51号線の戻り、更に進むと直ぐに28番目の訪問国 オーストリアに入国、民家を含めての風景が大変美しく感じた。途中のLiengの町の観光案内所へ寄ったら閉まっていた。スーパーも休み、今日は祭日(後でCamp場の人に聞いたら、今日はマリアの誕生日で子供が教会で洗礼を受ける日)で有った。教会の前に10メートル程の柱が1本立っており、上部は色々な飾りが取り付けられていた。この柱の飾りは、途中の他の町でも見かけた。

村の入り口に立つポール、お祭り用かな?
 前回オーストリアに来た時、行けなかったグロースグロックナー 山(Gossglockner)のハステルツェ氷河を見に行く。氷河に到着する前に4時を回ってしまったので、氷河の少し手前の町ハイリゲンブルート (Heiligenblut)のCamp場に入る。
 Camp場の管理人が夜は大変寒いぞと言っていた。又、Camp場の上の町を散策してくると良いとも言われたので、行って見る事にした。町は祝日の為、お店は殆ど休みで有った。
 昨日のCamp場もそうだったが、此処のキャンプ場も未だキャンプシーズン前で、客が少なく、その為、ここでもトイレは男女共有で有った。(シーズンでは男性用と女性用と建屋が別に成っているが、シーズン外はキャンプする人が少ない為、1箇所を締めて1箇所を男女共用として開いている。)

宿泊費€16.2
走行距離160Km 給油0L



5月6日(金)BillのCamp場   ハステルツェ氷河

オーストリアの山村風景
 朝、8時過ぎハイリゲンブルート (Heiligenblut)のCamp場を出る。料金は先払いしたのでそのまま出発。しかし 良く考えたら観光案内所の会館時間に合わせて出発するべきだと気が付き、ガイドガBookをチェックすると9時からと書いて有った。その間、町中をゆっくり走り、昨日確認しておいた観光案内所へ行く。しかし、9時15分前に観光案内所に着いてしまった、15分程車の中で観光案内所が開くのを待った。
 9時に教会の鐘が鳴ると同時に、観光案内所へ行った。流石オーストリア、既に案内所のドアーは開かれ,受け入れ準備が終わって居た。受付でグロースグローナー山岳道路を通り















利用しハステルツェ氷河を見に行きたいので案内書が欲しいと言うと、道路は雪の為通行止めと成って居ると言われた。ではBruckへ抜ける道はと聞くと、そこも同様通行止めとの事、がっかりして観光案内所を出る。



グロースグローナー山岳道路

 この氷河、以前オーストリアに来た時に見に行く予定で有ったが、時間が無くなってしまい中止した場所。今回、如何しても見たい場所で有ったが行けないとの事、仕方なく観光案内所を辞する。
 そして、通行止めの場所まで行って見る事にした。補助タンクの燃料を20L注入して、グロースグローナー山岳道路入り口に向かう。暫く走ると料金所が有り、道路の情況を聞くと両方面共に通行可で有ると言われた。通行料金が€26と大変高いが料金を払いグロースグローナー山岳道路を走る。暫くすると二股に道路が分かれ、ハステルツェ氷河方面の標識に従い左側へ進む。登り勾配が強く殆ど3速で走る。道路の両側に雪が高く積もって居る。30分程でハステルツェ氷河に着くも、ケーブルカー駅の有る所迄の数キロ間は雪深く、通行止めと成っていた。駐車場から遥か下に有る氷河を眺めるだけで有った。風も強く、寒さも厳しく1時間程で引き返しBruck方面に進む。
道路から見たハステルツェ氷河
 帰る途中、少しでは有るが雪が降り、其の上、霧が出て前が殆ど見えない情況と成った。晴天時は、素晴らし風景を見せてくれるものと思われたが、生憎の天候で有った。
 Bruck から一般道を走り、インスブルグ(Innsbruck )へ向かう。4時少し過ぎインスブルグの30Km程手前の町BillのCamp場に入る。このCamp場も宿泊料金前払いと成っていた。ここでもドイツ式で有った。

宿泊費€17
走行距離218Km 給油0L



                     黄金の小屋根
5月7日(土) インスブルック(Innsbruck) 近郊のCamp場   
インスブルックトヨタ店に並ぶMR2(ZZW30)
 今日も朝、早く9時丁度にCamp場を出発、171号線をインスブルック (Innsbruck)へ向け走る。途中にToyotaの販売店が有ったので、中に入って行きMR2(ZZW30)のカタログを貰う、ドイツ語のカタログを持っていないので。販売店内に居たお客の1人がToyotaの車は欧州でもベストカーだと言っていた。
 その後、5分程でインスブルック(Innsbruck)に入った。丁度その時、チロル動物園の看板が見え、更に登山電車のレールが見えたのでキヒィンガーバーン谷駅と解かり、登山電車に乗る為、観光案内所へ行く。途中適当な所の駐車場に車を止め、観光案内所を探すと直ぐに見付った。案内所で地図を貰おうとしたら、有料と言われた。€1払おうとしたが現金を全く持ってなく、後で持って来ると言って、見所の説明だけを聞く。(欧州では所々の観光案内所で、地図が有料の所が有る。)だと言っていた。
インスブルックの名所「黄金の屋根」 
 更に、Hotelに付いて聞くと、今夜はこの町のHotelの空室は全く無いと言われた、それはアイスホッケー大会がこの町で行われており、欧州の多くの国からサポーターが押しかけて居る為であった。次にNet Cafeの場所を聞くと2軒教えて
インスブルックの街角
 後でNet Cafeに行く事にして市内見学を始めると、時計屋が有ったので時計の電池交換を依頼する。1時間後に取りに来て欲しいと、お店で言われたので時計を預け外に出る。この町の最大の見所、黄金の屋根や記念塔等短時間に見てしまったので、Netをしに行った。始めの店はPCがドイツ語のみと言われ、インスブルック中央駅の近くの2軒目のNet屋に行ったら英語は出来るが日本語は、判らないと言われたがトライしてみた。ここでは旨く日本語が読めたがMailが2件しか入って居なかった、1時間程してNet Cafeを出る。だと言っていた。
 するとNet Cafeの直ぐ前に切手とコイン屋が有ったが、閉まっていた。表に5日~9日迄休みと書いて有った、残念。
 そこで、ふっと時計の電池交換を依頼した事を思い出した。今日は土曜日の為、時計屋が 早く閉まってしまうのではと心配した。急いで時計屋に行くと店は未だ開いており、依頼した時計を無事受け取る事が出来、一安心した。
 まだ時間が有るので遅い昼食を取り、ハプスブルグ家の王宮とチロル民族博物館、更に実物大の人間像の並ぶ教会の内部を見学し町を出る。町を出て直ぐに有ったCamp場に泊る。このCamp場には既に多くのCamperが居た。ここでもアイスホッケー大会のサポーターが沢山集まって居るものと思われる。

宿泊費€16.1
走行距離22Km 給油0L



5月8日(日) サンクト・アント(St.Anton)のHotel
 インスブルック郊外のCamp場を9時に出て、天候が回復しそうなのでインッスブルック(Innsbruck)に有る登山電車でハーフェレカー山(標高2,334m)に登る事にして、インッスブルック(Innsbruck)の町へと戻る。
インスブルックの町から見たハーフェレカー山
ハーフェレカー山へ登るロープウエイ
 インッスブルック駅近くの駐車場に車を停め、登山電車の駅へ向かう。駅にて乗車料表を見ると山頂迄2回の乗り継ぎをして、1人€22と結構高い値段で有るが乗る事にした。始めはケーブルカーに乗り、次にロープウエイに乗り換える。ロープウエイの駅は雪の中に有り、大変寒く尚且つ霧で周の風景画全く見えなかった。しかし、此処まで来たので3番目のロープウエイ、に乗り頂上迄昇る。頂上駅の周りはガスと雪で大変寒く、同乗の他のお客は、引き返しのリフトで降りてしまった。しかし、少し待てば雲の切れ目が来る可能性が有るので、頂上駅内でしばらく待つ事にした。2回目のロープウエイを見過ごした後に雲が切れ、完全では無いが町や山々を見る事が出来た。それも束の間で、直ぐに雲の中に消えてしまった。寒さも厳しく成って来たので1時間後のロープウエイで下山した。
ロープウエイの途中駅から見たインスブルックの市街
 その後、インッスブルック(Innsbruck)の町中に出る。アイスホッケー大会のせいか、町中の人出が少ない。1軒のレストランに入り、昼食にヴィェーナ・シュミッテル(薄いカツ)を注文し、持参した日本のソースで食べる。そしてインスブルックの町を出る。
ハーフェレカー山頂から見た風景
 171号線を走りサンクト・アントン(St..Anton)の町に4時頃到着した。町の入り口に立っていたHotel案内板にて、空いているHotelに電話してHotelに泊まる事にした。そのHotelはログハウスで小さな野中の一軒家,部屋数は少ないが、室内は木製の重厚な造り、如何にもペンションの感じであった。そこでPCに電気を繋ぎ、数日分の日記を作成し、電気剃刀や予備の乾電池類等、この時とばかり充電をした。(北米や欧州のキャンプ場では一般的に電気は有料、欧州では1晩€5程請求されるので利用しない。)

宿泊費€60
走行距離122Km 給油36.88L (1L=\138)



  29番目の訪問国リヒテンシュタイン公国 
                                                             5月9日(月) リヒテンシュタインのVaduzのCamp場
 朝hotelの朝食を取り、9時過ぎチェックアウトす
ペンションの玄関から見た外の風景

る。雪が降り出した、峠は雪と霧で何も見えず道路の白線を頼りに山道をリヒテンシュタイン目指して走る。途中にはトンネルが多く、又 スキー場の案内看板も大変多く有った。
 11時過ぎにリヒテンシュ          




タイン(Liechtenstein)の国境に到着。国境にはリヒテンシュタインの係官が居て、パスポートのチェックを受け通過する。
ペンションの室内
 Camp場は思って居た所とは違った方向で有った。
リヒテンシュタインとの国境
 町中で買い物をしたらSF(スイス・フラン)での支払いを要求された。駐車場のパーキング・メーターではユーロを払う等、両方のお金が混ざって居る地帯で有った。其の為、近くに有ったキャッシュ・ディスペンサーで500SF引き出す。
 Vaduzの町のCamp場に着くと、入り口に張り紙が有り、好きな場所に車を止め、夜7時以降にレセプションへ来て、代金を支払って下さいと書いて有った。指示に従い、車を空いている場所に停め、7時にレセプションへ行き代金を支払った。

12時頃Liechtensteinの中心地Vaduzの町に到着、観光案内所を探し。町の内容とCamp場を聞く。その後、観光案内所の2階に有る切手博物館を見た後、町中を散策する。
 そして、4時頃観光案内所で聞いたCamp場に向かうも、Camp場が見付らず。再度、観光案内所に戻りCamp場の場所を再確認した。少し勘違いをしていた様で、案内された                       Austria走行距離511 Km
宿泊費21SF
走行距離107Km 給油0L






            30番目の訪問国スイス (1SF=\89)
5月10日(火)
Vaduzの市街地
リヒテンシュタイン城
 朝Vaduzの町のcamp場を9時に出てVaduzの町に戻る。昨日家内が町で買った指貫の「Liechtenstein」の文字がマジックで書かれたおり、指で触ると文字が消えてしまた。その為、他の品と交換してもらう為に昨日買ったお店に向かった。町の駐車場は一杯で、停める場所を探して居ると、1台の車が丁度出る所で有った。その車の運転手が駐車料の領収書に未だ1時間程余裕が有るので、此処に停まれと言ってくれた。車を停め、昨日買った土産物店に行き、金額の高い指貫の差額を払い交換してもらった。
 その後、街中に有ったトヨタの販売店に行き、エンジン・オイル交換を依頼したが、本日は予定が入っており出来ないと言われた。多くの国ではエンジン・オイル交換は予約制に成っている。


スイスの山岳路
 仕方なく、リヒテンシュタイン(Liechtenstein)を出てスイス(Swiss)に向かう。高速道路の入り口行ってもイミグレションの事務所が無い、そのまま高速道に入ってしまう。オーストリアもそうで有るがスイスの高速度道路利用料金は期間分の支払いである。高速度道路利用料金を支払た証書を、車のフロント・ウインドガラスに貼り付けなければい。万一、高速料金未払いでの走行していると罰金を取られる。そこで、途中に有ったパーキング・エリアの売店で利用券に付いて聞くと1年分のしか無いと言われた。1か月分有れば十分なので、券を買わずに進む。次のインターで折り返し、リヒテンシュタイン(Liechtenstein)の観光案内所に戻り、スイス(Swiss)のイミグレ^ション(入国管理事務所)は何処に有るのか聞くと、判らないとの返事。リヒテンシュタイン (Liechtenstein)とスイス(Swiss)の間にはイミグレーションが無い様子である。スイス(Swiss)の入国管理もリヒテンシュタイン (Liechtenstein)入国時に処置をしている様子である。
 リヒテンシュタイン(Liechtenstein)のイミグレーションイでオートバイ・ライダーが、何かやっていたのが、どうもその手続きだった様で有ったのを思い出した。
 又スイス(Swiss)の高速に乗り走りながら思い出したのは、スイ
石橋を渡るスイスのでんs
スイス(Swiss)に来た目的の一つはスイスの入国印を貰う事で有った。Swiss入出国の印が無ければ意味が無い事を思い出し再びLiechtensteinの観光案内所に戻り、2SFを払いパスポートにリヒテンシュタイン(の入国印を貰いSwissへ向け走り出す。(リヒテンシュタイでは普通、入出国の印をパスポートに押さない。観光の記念としてパスポートに捺印する為、有料となっている。)
湖に映るスイスの山々
(スイスはEUに加盟していない為、EU入国ビザが、スイスの入国印でキャンセルされる物と、その時は勘違いしていた。実際はEUに加盟していないスイスやイギリス等に入国してもEUのビザ期間はキャンセルされない。シゲン条約と言う条約が有り、欧州から外に出て、半年経過しなければEUビザのキャンセルはなされない。)
 高速道に乗り最初のパーキングの売店で1年間分の高速道利用シールを40SFで購入する。国境では1ヶ月分等の高速道利用券が有る様だが、国内では一般の人が購入する為、1年分しかないのは当然である。その後、以前Swissに来た時に行ったサンモリッツに向かう。4時頃サンモリッツに到着、観光案内所に行くも事務所が工事中で別の場所の仮店舗でやっている様だが見つからず。2度ほど聞いてやっと見つける。観光案内所にてCamp場を聞くと今は閉鎖中と言われ、少し先に進んだ町に有ると聞き其処へ向かう。
 30Km程走りCamp場に入る。レセプションが無く、Camper代表が料金を集めて居る様で有った。カナダやアメリカでも同様のCamp場が有ったのを思いだした。Camper代表がキャンプ代金を徴収に来た時、今夜は冷えるよと言って居た。その通り、夜は相当冷え込み、寒かった。
(キャンプ場長期滞在者がキャンプ場の管理人に代わって、キャンパーより代金を集める事により、本人のキャンプ料金に変えるシステムを取っているキャンプ場は多々有る。)

宿泊費21SF
走行距離309Km 給油38.5L



5月11日(水) FlimsのCamp場
シクオレの石で屋根を葺いた民家
 朝、9時サンモリッツのCamp場を出て、ガイド・ブックに載っていたローマ時代からの温泉地と言われる、シクオレ(Scuol)へ向かう。
シクオレの村から来た道を振り返る
 1時間程でシクオレ(Scuol)に到着する。早速町の観光案内所にて温泉の場所を聞くと、この町は温泉では無く、鉱泉が色々な所に有るが、温泉は無いと言われた。仕方なく鉱泉を飲み、ペット・ボトルにも詰めてサンモリッツへ戻る。そして、景勝地と言われるイタリア国境に近いソーリオと言う町に向かう。日光のいろは坂の様な坂道を延々と登る。山の頂上に有る村で、周囲はイタリアの雪を被った山々が見渡せ、大変美しい風景で有った。村の入り口に有った駐車場に車を止め、村の中の石畳の道を歩いて行った。、石で葺いた家が並び、歴史を感じる村で有った。又、家と家の間からは、雪山が覗き見え如何にもアルプスの村という風景で有った。

宿泊費15SF
走行距離254Km 給油41.67L








 再びサンモリッツ方向へ戻り高速道路にてアンデルマットへ向かう、途中19号線に乗り換え、Flimsの町のCamp場に泊る。今日は久々に快晴で有った。
















                    車載列車に乗る 
 5月12日(木)オーベルバッドCamp場    
 朝9時、Flims のCamp場を出発し、ブフカ峠を越える為アンデルマットへ19号線にて向かう。
 1時間程でアンデルマットに到着、途中の峠に有った電車の駅のトイレに行った。丁度、其の駅前でTVカメラマンが何か電車を写していた。トイレは有料で有り綺麗で有った、(電車の駅のトイレでも、欧州では有料のところが多い。)外に出ると先のTVレポーターが、私に何処から来たかと質問して来た。日本から来て世界一周旅行の途中だと説明した、するとカメラマンに指示をして車をTVカメラで取り始めた。こちらが走り出すまでTVカメラで撮っていた。
 暫く走ると先の駅にて発車を見送って電車が前を走っていた。電車が大変ゆっくり走るので、車の方が速くそしてアンデルマッ
石橋の道路 
  そしてアンデルマットの町からブフカ峠を越えるべく峠に向かった。道路は大変急な登りで有った。途中に峠の下をトンネルで結び、フェリーの様に列車の上に車を載せて走る電車の駅が見えた。早く行くには其の方が早いと思いながら、此方は時間が有り峠の風景を楽しむ為に来たのだと思いながら通過した。更に30~40分程走って行くと峠の少し手前で通行止めと成って居た。近くに有ったHotelの人に聞くと、未だ雪のためこの先で通行止めと成っているとの返事で有った。
アンデルマットの駅前の愛車と

ブフカ峠にて
 仕方なく戻る事にしたが、道路地図を見ると他の峠を通るルートが載っていたので其方へ廻る事にして、アンデルマットへ戻る。途中、その高速道を使って行く方が、峠に入る道路の入り口に早く行けるので其方に廻る。その高速道路2号線は18Kmに及ぶトンネルを潜って行く道でUrichenに到着した。そこから、別の峠に行く道を進む、此処も峠の手前で通行止め。その時、近くに居た人に聞くと、この時期他の北に有る峠を含め全て通行止めで有り、列車を使ないと行けない事が解かった。道路の前面開通は6月中旬以降との事であった。
 先に見かけた車を載せる列車のRealp駅に行く。駅にて搭乗券を購入、自家用車30SF。その切符をゲート脇の機械に通し、ゲートを開け中に入る。車列の最後に並んでいると、時間になり搭乗指示が出る。プラットホームと列車の高さが同一に成っており、列車の最後部の横から次々と車が列車に乗り込。前の車が止まるまで、何両かの列車の上を走って行く。前の車が停車すると自分も適度な間隔で停車し、ギアーキをローに入れPKB(パーキング・ブレーキ)を掛け停止し、E/G(エンジン)をスイッチを切る。(冬季は暖房の為、エンジンを切らなくてもよい。)電車は定刻通り出発し20分程でトンネルを抜け、反対側のOberwold駅に着く。更に前に進み、列車を降りる。
 その後、街道を走り、ブリークへ向かう。既に5時を回って居たので、道路脇に有ったCamp場の標識に沿って進み、その先に有ったオーベルバッドのCamp場に泊る。

宿泊費23SF
走行距離246Km 給油0L




                    マッターホーンを望む
5月13日(金)TaschのCamp場   
オーベルバッドのCamp場を9時過ぎ出発し、ツェルマット(Zermatt)へ向かう。途中、ブリーグ(Brig)の町へ行き、スーパーで食材を購入し、郵便局で日本への投函をして、道路脇にて蚤の市が開かれて居たので覗いて見た。蚤の市を眺めただけでツェルマットへ進む、ツェルマットの町には車は入れないので、一つ手前の町Taschの駅脇に有ったCamp場に車を停め、昼食を取る。
登山電車
登山電車から見たマッタ-ホルン
その後、歩いてTasch駅に行く。駅から電車に乗てZermattの町へ行く。(ツェルマットの町の入り口にキャンプ場が有るのが車窓より見えた。)夕方迄には時間が無いので、ツェルマットの町を散策するだけの予定でZermatt行った。しかし、未だ外は明るかったので登山電車に乗り、マーターホーンを見に行行った。前回来た時に乗った電車よりは、快適な新型の電車と成っていた。頂上のゴルナグラードに着くと快晴の為、マッターホーンが青空に浮んで見えた。前回同様素晴らしい風景を見る事が出来た。ゴルナグラードに有るホテルは改装中であった。行きの電車で愛知県安城市から来たと言う1人旅の女性と会う。日本食がやたらと食べたいと言うので、夕食に招待する事にして、一緒にTaschのCamp場に戻る。彼女はチョコレートが大好きでチョコレートを沢山買って来てくれた。ご飯を炊き、味噌汁を造り、梅干と鯖の水煮で夕食を車の
登山電車から見たマッタ-ホルン
中で食べる。彼女は8時10分の電車に乗ってZermattのユースホステルへ帰って行った、未だ明るいので1人で帰っても問題無いと思った。この女性も話の中で、旦那さんが居る事が解かった。前回来た時に会った、信州の女性も旦那を1人家に残しての1人旅で有った。
ゴルナグラードへの登山電車料金144SF(2人分)と大変高い。
ゴルナグラードの展望台から見たマッタ-ホルン





















宿泊費21SF
走行距離77Km 給油35.35L






5月14日(土)  Molignon Camp場
シオン町での蚤の市
Las Hauderes 村の入り口
 ツェルマット(Zermatt)の町へ、再度今日も行こうと思ったが、今日は天候が悪くマーターホーンは見えないと思い先に進む事にした。シオン(Sion)と言う町向かう。この町でも蚤の市が開かれており、売り子が子供の店も数件見えた、売っている商品も自分が遊んだ玩具などを並べていた。 シオンの町から更に山奥に入り、エラン谷へ入り、山々を見に行く。道の奥くまで入り込む、ここからはアローラ山(3,796m)が見えるはずだが曇り空で何も見えない。小雨も降り出したので来た道を少し戻り、古い家並みが見えるLas Hauderes の村に入る。村の中に有ったMolignon Camp場に泊まる、Camp代0.5SF負けて貰う。

宿泊費22SF
走行距離139Km 給油0L



                          レマン湖
5月15日(日) レマン湖畔のCamp場       
これぞスイスと言う風景
Las Hauderes村のCamp場を9時出発、谷の奥に向けて進む。ガイドブックに出ている、これがスイスの風景だとの写真の実物の風景を見たくその場所へ向かって走り、やっとダン・ブラッシュ(4、357m)の山並みが見える場所を見つけ、その風景写真に撮る。
エラン谷を更に先に進むと、道は益々狭く成って来たがこの道を路線バスが走って居るとの事である。Ferpecleto 言う所迄来たら道が行き止まりに成っていた。仕方なく来た道を戻る。
マルテイニのローマ時代の円形競技場
シオンの町を通り、ローザンヌ方向へ進無。途中マルティニと言う町にローマ遺跡が有ると聞いたので見ていく事にした。マルティニの町に入り観光案内所を探したが、今日は後曜日で閉まっていた。街中を適当に歩き円形競技等を見て回った。
 その後、高速道路にてジュネーブ(Geneve)に向かう。17番出口を出ると、飲料水で有名なエビアン(Evian)の標識が出てきた。Evianに向かうと国境事務所が出てきてしまった、地図を再度、良く見るとEvianはフランス領内で有った。特に問題無いが、なんとなく国境という事で諦めて折り返す。途中に有ったレマン湖の湖畔に有ったCamp場に泊る。湖を見に行くとレマン湖の水は汚く、泳ぐ気分には成れなかった。

レマン湖畔の道路
Camp場にて空を見上げるに、上空には多くのパラセール、ハンググライダー、グライダー及び複葉機等様々な飛行機が飛んで居た。相模川の座会橋上空での、グライダー練習飛行をしていた当時の事を思い出しながら眺めていた。今日は最高の飛行日和で有った。

宿泊費22SF
走行距離145Km 給油29.93L



                     レマン湖畔のシオン城
5月16日(月) ローザンヌのHotel      
レマン湖畔に建つシオン城の全景
 朝から小雨、天候が良くない、周りの山々が雲で見えないのは残念。9時にCamp場を出て、Camp場から直ぐに有る9世紀、レマン湖畔に建てられたシオン城を見に行く。城の入り口にて城の見学ルート図が渡され、その図に従い進んで行くと、時代時代に建て増しされ姿の変化等が判る。更に、周りの風景も良く、見ごたえ有る城で有った。
シオン城内
 城の見学途中から大雨に成った。見学後、雨の中をローザンヌ(Lausanne)の町に向かう。時間が有たのでローザンヌの駅に行き、駅舎内の観光案内所でネット・カフェの場所をを聞く。直ぐ駅前に有るマクドナルドの2階にネット・カフェは有り、1時間程ネットを行った。
 私の旅の先をカリーナ・セダンで走っている山崎さん(http://blog.goo.ne.jp/taff38/)からパキスタンの情況を知らせて来てくれた。私ががパキスタンを走るのは、未だ少し先だが参考となる。続いてスーパー・マーケットを探し、食材を購入した。途中にIbis Hotel(中級ホテルのチェン店)が有ったので、今日は其処に泊る事にした。

宿泊費120SF
走行距離85Km 給油0L




                       国連欧州事務所
5月17日(火)ローザンヌ のオリンピックCamp場     
 ローザンヌのIbis Hotelを9時チェックアウトして、ジュネーブ(Geneve)へ向かう。
ニオン城
一昨日シオンの町で「ニオン焼き」の看板を見かけた、店の主人がニオン焼きだと花柄のお皿を見せてくれた。そんな焼き物が有るのかと思い、ジュネーブ(Geneve)へ向かう 途中にニオンの町が有ので寄って見る事にした。ニオンの町にはニオン城が有り、その城の2階が陶器博物館と成っている。見に行くと、改装中の為休館中であった、残念。街中のショー・ウインドウのはニオン焼きの陶器が多く展示されていた、値段は結構高い。
 Geneve の町に入り観光案内所を探して、ジュネーブ の市街地図を貰うと同時に、国連事務所とジュネーブ 近くのCamp場の場所を聞く。


ジュネーヴのシンボル、レマン湖の噴水

  午後の欧州国連事務所の見学は2時からと、少し時間が有たので、車内で昼食を造り食事をする。その後、国連事務所に行く。国連事務所前に有った駐車場に車を止め、国連事務所に入って行く。受付で1人10SFの入場料を払い、パスポートを提示すると共に家内のパスポートを預けさせられる。引き換えに入門証を貰い、指定された事務棟に入る。すると、再び別の受付が有り、切符を提示する。そして、地下に有るVTR室に案内され、国連のPRビデオを見る。VTR が終わるとガイドの案内にて国連事務
国連欧州本部事務所
所内の説明と見学が始まった。最初にGeneveの国連事務所の役目に付いて話が有り、続いて会議室に案内される。会議室の階上より会議の情況を見る事が出来た。ここで使われて居る言葉が、英語、ロシヤ語、フランス語、中国語、スペイン語、アラビヤ語の6ヶ国語が使用されて居ると聞いた。アラビヤ語の他は全て第二次大戦の戦勝国の言葉が用いられていた。次に建物の案内で最初に入ったのが新館で戦後造られた建物で、渡り廊下を渡った所が旧館である。旧館は国際連盟が創設された時に建てられた建物で有ると言っていた。1時間弱の見学が終たので、最後にGeneve国連の切手を購入する為に切手部に行ったら、切手部は休みで有った、残念。国連事務所の見学を1時間程で終え、Geneve 市内は見所が殆ど無いと聞いたので、ルガノ(Lauanne)に有るCamp場に行く事にした。LauanneのオリンピックCamp場に6時過ぎ到着。Camp料金が結構高かった。

宿泊費28.3SF
走行距離138Km 給油0L




5月18日(水) グリンデルヴァールドのCamp場
ルガノの市街地風景
 朝9時半、今日も天候が悪い。ルガノのオリンピックCamp場を出て、一般道をルガノ湖に沿って、グリンデルヴァールド(Grindelwald)目指して走る。牧草で覆われた斜面に、頑丈そうな木造家屋が点在し、如何にもスイスの代表的風景が続く。


 更に10年前に来た事の有るトゥーン湖畔の美しい風景の中の道を走り、2時過ぎGrindelwaldの町に到着した。
トゥーン湖畔
 グリンデルヴァールド の観光案内所を尋ね、Camp場の場所を聞く。観光案内所の近くに日本語で観光案内所と書かれた看板が有った。其方も尋ねて見ると、看板の表記は日本語で観光案内所と書いて有るが、実際は旅行手配をする旅行社で有った。
 グリンデルヴァールドの町を1時間程散策した。結構、日本語の看板が目に付いた。その後Camp場に行く。
グリンデルヴァールドの町j
 このCamp場、6時から受付開始と言う事なので、再度グリンデルヴァールドの町に戻る。スーパーで食材を買入し、時間に成ったのでCamp場に行き、2日分のCamp代金を払う。
グリンデルヴァールドのCamp場
 天候は曇り空で、明日の天候が心配である。


















宿泊費28.3SF
走行距離179Km 給油40.52L







                    ユングフラウ・ヨッホ
5月19日(木) グリンデルヴァールドの Camp場   
Camp場から見たアイガー北壁
 朝、雲が多く駄目かと思っていたら、9時頃には青空と成った。
 Camp場から登山電車のグリンデルヴァールド駅まで田舎道を15分程歩いて行った。駅にてユングフラウヨッホ迄の往復券を購入し、登山電車に乗り込む。
 30分程待ち電車は出発、中国人やインド人が多く、結構混雑していた。途中の駅にて乗り換えるも、混雑し席に座る事が出来なかった。車掌が隣の車両に空席が有る事を伝えてくれたので、車両を移動して座る事が出来た。
登山電車から見上げるアイガー北壁
 登山電車の車両と頂上の建物が新しく成っていた。最後に乗るエレベーターも新しく大きくなっていた。真っ青な空の中に浮かぶ雪渓を歩く。
 頂上の有った売店にてTop of The Eyoroppa の印を押し、日本宛の手紙を投函する。
ユングフラウヨッホの山頂
 2時間程頂上に居て、4時過ぎにユングフラウヨッホから下山しようとしたが、登山電車の乗客が多く、定時の電車に乗れなかった。暫く待ち、臨時電車にて下山し、グリンデルヴァールド(Grindelwald)の駅から Camp場迄歩いて帰る。
 今日一日晴天に恵まれ、綺麗な山々を見る事が出来、満足した一日で有った。

宿泊費28.3SF
走行距離0Km 給油0L




              007の舞台シルトオールンの展望台
5月20日(金) ラウターブルンネンのCamp場     
オーバラー氷河を見に行く為の木製階段
 朝、9時Camp場を出る。近くに有るシュルフト渓谷を見に行く、細い道を10分程走ると渓谷に到着した。しかし、渓谷への入り口が無い。探すとレストランの中を通り、渓谷に入るルートが看板に書かれていた。そして、レストランの開店が10時、しかも、入場料7SFと標示されて居た。10時迄には未だ30分以上有り、シュルフト渓谷の見学を後にして、オーバラー氷河を先に見に行く事にした。

オーバラー氷河
 昨日、観光案内所にてオーバラー氷河へ行く道を聞いていたので、その道を進んで行った。車道が行き止まりとなり、其処に車を止め5分ほど歩いて先に進む。氷河は岩山の中腹に有り、岩山に沿って下から木製の急な階段が設置されていた。入り口で入場料6SFを支払い階段を登って行く。結構急な階段で、帰りにカウントしたら700段有った。上に登り、暫く先に進み、氷河に到達する事が出来た。ここの氷河も90年代に入り年々短く成って居る様子が、年代別に写真にて表示されちた。既に、設置されていた見晴らし台からは氷河は余り見えなかった。見晴台より更に先に進み、やっと氷河を見る事が出来た。入り口迄戻ると、流石に足が疲れガクガクた。
ラウターブルンネンの滝
 グリンデルヴァールドに戻り、ミューレンに進む。途中、左に入り滝で有名なラウターブルンネンの町に入る。高さ数百メートルの高さから、幾筋もの滝が落ちていた。迫力有る滝が見えた。
 その後、007の映画で有名なシルトオールン山に登る事にした。ケーブルカーを4回ほど乗り換え、頂上に着いた。頂上の見晴台からは360°白銀に光る山々を眺める事が出来た。

007の映画に出てきたシルトオールン山頂の展望台
 そして、山麓の町ラウターブルンネンのCamp場に泊る。設備は立派で周りの景色もすばらしく、多くの滝も直ぐ前に見えているが38.2SFと大変キャンプ料金が高いCamp場で有る。車の料金は1泊幾らと成っているが、人の料金は2日分の計算と成って居た。
 このグリンデルヴァールド付近も外国人観光客として、中国人とインド人が大変多く見受けられ、日本人団体客は少人数で目立たなく成って来ている。

宿泊費38.2SF
走行距離38Km 給油0L




5月21日(土) アルプナハシュタットのCamp場
 朝、起きて朝食を取り、積載の飲料水を交換した後、洗車場が有ったので高圧洗車した。隅から大分泥が出てきた、多分Moroccoの埃で有ると思われる。

アルプナハシュタットのCamp場
 そして、近くに有る外からでは見えないトゥリュンメルバッハ滝を見に行く。滝への入場時Camp場発行の会員券を提示すると入場料を1割引きしてくれた。昨日のシルトオールン山のケーブルカーもこの会員券に出ていたが、使用したなら10SF以上のデスカウントを受ける事が出来たのにと残念で有った。
  始めに岩の中に彫り込められたエレベターにのり山の中腹迄行く、其処からこれまた岩に掘れれた階段を登ると轟音と共に大量の水が流れる滝が現れ
る。この水はベルナ・オーバーランドの氷河から流れ出ている。是を何度か繰り返し上に登って行くが、全てが岩を深く掘り進んだ所に滝が有り外からは全く見えない。良くぞこんな所に見学道を作ったものだと感心される。
岩穴の中を流れるトゥリュンメルバッハ滝
 今日もグリンデルヴァールドの青空の中、ハンググライダーが数機飛んで居るのが見えた。
 ラウターブルンネンの町を後にルツェルンに向かう。途中に有る見晴らしの良い所がガイドブックに載って居たので其処に行く事にした。後でその山がピラタスと言う山だと解かった。蓼科の岩岳ピラタスはここから名前を取って居る事も解かった。このピラタスに登るべく登山電車の出発駅の町アルプナハシュタットのCamp場に泊る。

宿泊費27.3SF
走行距離97Km 給油0L



                    屋根の有るカペル木橋
5月22日(日)フィーヴァルトシュテッテ湖畔の Camp場  
 朝、小雨模様で天候が悪く、今日ピラタス山に登っても何も見えないと思いルツェルンの町に向かう。
 このルツェルンの町はスイスに於る、古い歴史を持つ町で市内に見所が沢山有るのでルツェルンに向かう。
屋根の有る木製のカペル橋
隣の塔から写したムーゼック城壁
 ルツェルンの駅の観光案内所で市内地図とCamp場の位置を聞き、駐車場を探し車を停めて市内見物をする。河に架かった屋根の有る木橋カペル橋が、‘93の火災で殆どが焼けてしまったが再建されていた。橋を渡ると、橋の途中に焼け跡が残っていた。旧市街、そして 14世紀当時の城壁でムーゼック城壁と言われる城壁がが900m程残って居る。その城壁の上部へ登り、町並みを望む。街中に有る1535年に造られたツィトの時計塔を覗く、大きな石がぶら下がり時計を動かす動力源と成っていた。日曜日の為、殆どの店は閉まっていた。再び、カペル橋を渡り、車に戻る。
ルツェルンの街
 その後、フィーヴァルトシュテッテ湖畔のCamp場に行く。Camp場所を確認後、インターネットを確認しようと思い観光案内所へ車で向かう。しかし、今日は日曜で観光案内所は午前中のみで有ったので、ネット・カフェの場所を聞く事が出来なかった。仕方なくCamp場に戻る。このCamp場の38.3SFと結構高い。其の上、Swissでもオリエンタル・スタイルのトイレが有った。

宿泊費38.3SF
走行距離35Km 給油0L



                     ライオン記念碑
5月23日(月)チュリッヒのCamp場     
チュリッヒ旧市街に有る建物
 今日も天候は余り良くない。ルツェルンのライオン記念碑を見に行く。この記念碑は苦しげな表情のライオンが石に彫られた物で有り、パリで亡くなったスイス人傭兵の慰霊碑で有った。
 その後、チュリッヒ(Zurich)に向かう。チュリッヒ駅に行き、構内に有る観光案内所にてネット・カフェ及びCamp場の場所を聞き、市内の見所と地図を入手した。そして、旧市街を散策しながらネット・カフェに行く。ネット・カフェで1時間程ネットを確認する。 
ジャコメッティー作のステンドグラス
   シャガール作のステンド・グラスがある聖母聖堂が近くに有ると言われたので見に行く。しかし、この聖母聖堂は3時に閉まっており、中に入る事が出来なかった。次に、聖母聖堂と川を挟んでの対岸に有る大聖堂で、ジャコッメティー作のステンド・グラスが有るのでそれを見に行く。ステンド・グラスは印象派の絵の様な、近代的はステンド・グラスで有った。
 市街地を通り、駐車場に戻り、チューリッヒ湖畔のCamp場に向かう。少し薄日が差してきた、明日は天候が回復すると思われた。

宿泊費38.65SF
走行距離72Km 給油0L



               シャガール作のステンド・グラス
5月24日(火)ヴィンタートゥーア のCamp場    
 朝、久しぶりに良い天候。昨日行ったが見られなかったシャガール作のステンド・グラスの有る聖母聖堂を見に行く。シャガールの絵で用いられるブルーが、ここのステンド・グラスでも使用され、今まで見たステンド・グラスと異なる感動を得た。
チューリッヒ
 その後、チューリッヒの町を見渡せる、リンデンオーフの丘に行った。しかし、工事中で登る事が出来ず市街地へ戻る。市街を散策し、川沿いのレストランにて昼食を取った後、チューリッヒの町を出て、ヴィンタートゥーア(Winterthur)へ向かう。途中、東スイスで最も大きい城と言われるキーブルック城を見る。
  ヴィンタートゥーア のcamp場に泊る。
 (Swissではカナダ、アメリカ同様、軽油はハイオク・ガソリンより高い価格と成っている。)

宿泊費22SF
走行距離56Km 給油41.78L (1L= \122)


                                                     
                  ドイツ(2)

5月25日(水)Deutschland・Radolfzell an BodenseeのCamp場
Camp場脇の池
 朝食後、ヴィンタートゥーア のcamp場の周囲に有る、公園の 池に咲く睡蓮の花を歩いて見に行たが、時期が早く花は咲いて居なかった。
 しかし、池の中には多くの鴨が子鴨を連れて草の上で寝ている風景が見えた。
ヴィンタートゥーア 町の美術館
 Camp場を9時半過ぎ出発し、ヴィンタートゥーア の町の美術館を見に行く。美術館には10時10分前に到着、駐車場に車を止め歩いて行く。美術館は既に開いており、館内には人が入っていた。絵画は200点程度だが、ゴッホ、やマチス、等有名な画家の絵が沢山展示されていた。
ライン川で唯一の滝
 次にライン川で唯一の滝を見にSchoffhausenの町に行く、町が近づくと滝の道路標識が有り、その案内標識の指示に従い進む。
 道は一軒の店の中を通り抜けると下に降りる階段が有り、更に滝が見える位置まで降りて行く。
 滝の落差は10メートル程が川幅一杯に広がり、滝はそれなりに迫力有る滝を見る事が出来た。
側面から見た滝
 続て、Swissの古い家並みが見えるStein am Rheinに向かう。町の手前の駐車場に車を止め、橋を渡り観光案内所へ向かったが、勘違いで観光案内所は橋の手前に有った。
 町中を散策し観光案内所で聞いたCamp場に向かおうとしたが、スイスフランの現金も少なく成り、料金も高いSwissから出る事にして、ドイツ(Deutschland)のSingenに向かう。
 途中スイスとドイツの国境では素通り出来るが、スイスの出国印を貰う為イミグレ(入国管理事務所)で出国印を貰てSwissを出る。
 そして、ドイツのボーデン湖畔のRadolfzell an Bodensee のCamp場に泊る。
 ドイツは半ズボンで過ごせる気候で有る、又Camp料金がスイスに比べると、結構安くなる。
            
宿泊費€15
走行距離77Km 給油0L

              Swiss走行距離 1928Km
              全走行距離 94685Km

1 件のコメント:

履歴書の添え状 さんのコメント...

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!