17. フランス その(1)

            べルギーから旅の再開
2004126() ベルギー ブリュセル
 旅の再開の為、家を出る。朝7時半に次男に橋本駅迄送ってもらう。京王線で新宿、そしてJRにて日暮里、京成スカイライナーにて成田第2ターミナルへ向かう。(橋本―新宿@430新宿-日暮里@190日暮里-成田@1600)丁度11成田に到着、直ぐにHISのブースに行き、航空券を交換した。その後、アエローフロートのブースで搭乗手続きをし、出発ロビーで昼食を取る。13:30成田発のアエローフロートにてモスクワに到着。モスクワで5時間近く待ちベルギー・ブリュセルへブリュセル空港からタクシーにて「メゾンかなざわ」 へ行く。
 航空券:今回は有効期間2ヶ月オープン45千円を購入。片道だと入国拒否される国が有ると聞いている事と、片道より往復の料金の方が安い場合がある。
宿泊料€ 76




127()ブリュセル
 12時半にメゾンかなざわ を出て、バスに乗り町中へ行き、途中でNATO行きのバスに乗り換える。しかしNATO行きのバスが1時間近く待つも来ず、やっと来た時は切符の有効時間(発行から2時間は、自由に昇降できる)が過ぎてしまったものと思うがそのままバスに乗りNATOに向かう。3時半頃NATO事務所に到着し、そこからベルギー・トヨタは直ぐ近くと思っていたが結構な距離が有った。事務所に着きS氏に連絡する。今日はS氏は英国へ出張で不在との事、代わりの人が来てくれた。お礼を言って、車を受け取り事務所を出た。宿の近くに有る日本食材スーパー田川に行き、日本カルホルニア・コシヒカリ10Kgと佃煮を買い宿に戻る。
宿泊料76






        20番目の訪問国 フランス(その1)




128() フランス・パリーCamp
 ベルギーのブリュセルのメゾンかなざわ10時に出て、モンスの町を経由してパリーに向かう。フランスはパリーに午後4時到着し、例によりパリの町中を右往左往し数回場所を聞き、パリの町外れに有るCamp場に5時過ぎ到着する。キャンプ場はシャンゼリゼ通りを凱旋門に向かい、更にパリの新市街の新凱旋門に向かう。凱旋門を通過するには、凱旋門がロータリーに成っている。一遍に多くの車がロータリーに侵入する為、自分が思う方向へ出るのは大変であった。2つの凱旋門の中間にセーヌ川の中洲が有り、その中州を少し下った所にキャンプ場は有った。取り合えず2日間のキャンプ料金を払う。夕方、NHK国際ラジオ短波放送が良く聞こえた。
 フランスの車のナンバーはフロントが白地に黒の字、リヤーが黄地に黒の字と成ってい軽油1/L前後でガソリンより少し安い。
宿泊料19、給油代54.2
走行距離337Km 給油60.78
            ベルギー走行距離1485Km



129() パリーCamp       パリの凱旋門
  朝、凱旋門を見に車で出かける。門の近くに駐車しようとしたがパーキングメーターはプリペイドカードで支払う方式と成っていた。駐車料金用プリペイドカードを購入する為、キオスクを 数軒聞いて回ったが、キオスクでは売っていなかった。タバコ屋で売って居る事を聞いてタバコ屋を探すも、これまたタバコ屋が中々見つからず時間を費やした。2時間の駐車券を6で購入した。凱旋門の直ぐ脇に車を停め、近くのパリー市内観光バス(レ・カール・ルージュ)乗り場より市内循環の観光バスに乗る。シャンゼリゼ通り・グランパレ・エフエル塔ルーブル美術館・ノトルダム・オペラ座等を2時間半に渡り、バスで市内を回りそれぞれの観光ポイントの位置を確認して、元の凱旋門に2時過ぎ戻る。バスにはイヤホーンにて日本語ガイドも選べた。その後車で新市街に行き、スーパーマーケットを探すもなかなか見付らなかった。再び新市街からパリ市街へ戻る途中でスーパーを見つけ、食料品買出し4時頃Camp場に戻る。今夜はラジオの電波情況悪く、放送がよく聞こえなかった
宿泊料19
走行距離35Km 給油0




1210() パリーCamp       エフエル塔
  今日も凱旋門に行き車を昨日停めた所に駐車し凱旋門に登る。歩道端より地下道が有り、地下道を通り抜け凱旋門の下へ行く。地下に入場券売り場が有り、入場券を購入し頂上迄螺旋階段を登る。 途中踊り場等が博物館と成っており、少しでは有るが展示品が並べられて居た。更に階段を登り頂上に着く。どんよりと曇った空の下、エフエル塔や白っぽいパリの街並が美しく見えた。しかし、屋上はものすごく寒い直ぐに降りてしまった。その後、昨日切符(2日間有効)を買った観光バスに乗りエフエル塔へ行く。エフエル塔の入場券を購入し、エレベーターに乗り頂上に登る途中2階でエレベーターを乗り換え更に上登る。此処も凱旋門同様、周りの景色は大変美しいが寒さは一段と寒く、早々にエレベーターにて下に降りる。そして、再び観光バスに乗りルーブル博 物館へ向かう。博物館は思って居た程は混雑していなかった。館内には世界的に有名なダビンチによるモナリザの絵やミロのビーナス等世界の名画が数限りなくる事が出来た。車に戻り、ライトアップされたエフエル塔を見に戻り、イルミネーションで飾られたシャンゼリゼ通りを走り、キャンプ所へ引き返す。
宿泊料19
走行距離22Km 給油0






1211() パリーCamp     シャンゼリゼ通り
 朝、キャンプを2日間延長の手続きをした後、シャンゼリゼ通りの近くで開かれている切手市を見に車で行く。寒い中、ブースや個人の鞄の上だけで売って居る人等2030軒程の店が有った。中の1軒でフランスの切手500種を20で購入、ドイツの数字切手を40で購入する。結構日本の葉書や封筒等売られて居たが日本で買うより高い様で有った。基本的にはロット売りでなく、11枚チェックしながら購入するのが一般的の様で有った。
 その後、百数十年前に、ここパリで開催された万国博覧会の会場で有った建物を見に行った。その建物は現在は博物館に成っており浮世絵展が開催されていた。浮世絵展を10も出して見るのはもったいないので入場しなかった。
 続いて、モンマルトルの丘に登る、丘の上にはサクレ・クール聖堂がある。聖堂脇に車を停めた。聖堂の前からはパリ市街が一望出来た。生憎の曇り空の天候にも関わらず、多くの人が見物していた。
 泥棒市が近くに有るとガイドブックに書いてあり、探してたが場所が解からず戻って来た。そして、エフエル塔のイルミネイションを見に行く、エフエル塔の脇に車を止めて記念写真を撮る。最後、今日も又、イルミネーションで美しく飾られたシャンゼリゼ通りを車で走り、車窓から眺めながら通過しCamp場に戻った。
宿泊料19
走行距離52Km 給油33.67






1212() パリーCampベルサイユ宮殿
 9Camp場を出発し昨日Camp場で聞いたA4号線に乗りベルサイユの町を目指して走る。1間程でベルサイユの町に到着、町中を進んで行くと正面にベルサイユ宮殿らしき宮殿が見えた。やはりそれがベルサイユ宮殿で有った。
 宮殿の正面玄関脇に有った駐車場に車を止め、宮殿の入り口へ歩いて行く。物凄く寒い、車に戻って時の外気温は3℃で有った。館内の案内所で館内の地図を貰い、日本語の音声ガイドを借りて宮殿内を見学する。この宮殿うわさ通りの素晴らしい装飾で有ったが、残念ながら半分近くが修復作業中で見る事が出来なかった。宮殿の裏庭にて、修学旅行の埼玉県の高校生の一団と会う。高校の修学旅行でこんな所まで来るのかと驚いた。
 その後、町に出てインターネットカフェ探そうと思ったが、駐車場が見付らずここも諦めキャンプ場へ戻る。帰り道、凱旋門近くに有ったTOYOTA店でMR2(ZZW30)フランス語のカタログを貰う。矢張りMR2でなくMRの車名で有った。そして、今日も又シャンゼリゼ通りのイルミネーショウンで飾られた夜景を見ながらCamp場に戻った。パリの冬は余りにも寒いので、少しは暖かいと思われる地中海に有る街へ、明日移動する事にした。今日でパリのキャンプ場は6泊目である。
宿泊料19
走行距離113Km 給油0






1213()プロヴァンスHotel 
             世界遺産の町プロヴァンス
 朝、キャンプ場にて車の水タンクに飲み水を補給した後、プロヴァンスの町目指して走る。シャンゼリゼ通りを進み、ルーブル美術館の門をくぐり、美術館前で車の記念写真を撮る。セーヌ川沿いの道N19号線を進む。途中、霧が深く、余り風景を楽しむ事が出来なかった。更に、外気温は1℃と大変寒い。進む道を迷いに迷いプロヴァンスの町に着いたのは午後2時過ぎで有った。このは世界遺産に登録された町で、中世の雰囲気を醸し出す町である。町をを散策するもあまりにも寒すぎ、散策を諦めHotelを探して泊る。キャンプ場はこの時期、殆ど閉まっているのと、開いていても夜のシャワー後は余りにも寒すぎるのでホテルに泊まる。このHotel欧州に於ける大きなチィエン店ホテル・アイビスHotel ibis)で大変安い、ツイーンが標準で小奇麗な部屋である。食事は無い
宿泊料56
走行距離128Km 給油0






1214()Macon Sudibis Hotel
 8時半Hotelチェックアウトし、プロヴァンスの町に有る中世の城壁を散策する。町を一巡し車に燃料を補給しリヨン( Lyon目指してハイウエイーAを走る。しかし、リヨン (Lyon70Km程手前で4時を廻ってしまったので少し手前の町MaconアイビスHotelに泊る。今日午前中今回欧州に来て初めて太陽の光を見た。1週間で1日、欧州の冬は太陽の無い冬で有る事が良く理解できた。そして、気温が低く草花や木々の全てに霧氷が付く白い風景が広がっていた。Hotelの周囲にはフランスの大型スーパー・カールフルが有り、食料品等の買い出しをした。
 欧州の車のリヤーフォグランプが左側のリヤーコンビランプに組み込まれているのが多く見受けられた。
宿泊費59
走行距離416Km 給油74.6






1215()リヨン(LyonCamp  
                世界遺産の町リヨン
 MaconHotelを出て、一般道を50Km程走りリヨン (Lyonの町へ行く。町の中央に有る観光案内所にて市内地図とネットカフェの場所を聞き、始めに旧市街の世界遺産に登録された市街並びに教会、そしてローマ時代に作られた劇場跡等を見学し、2時頃ネットカフェに行きネットを打つ。パナマに居る長男からフランスに世界1、橋脚の高い橋がミュー(Millauに完成したので見に行ったらとメールが有った。後で調べ方向的に問題無ければ行く事にする旨返事をする。そして観光案内所にて聞いたCamp場に向かう、そCamp場に泊る。
宿泊費18、インターネット1h 7
走行距離101Km 給油






1216()St.EtienneHotel
 Camp場のゲートが8時に開かれるので8時過ぎにキャンプ場を出るべく準備をしていたら、隣のワーゲンのキャンパーが、私の車に張られた車の国際識別記号(J)の意味を聞いて来た。日本だと返事をすると、その人の奥さんが日本人で有ると言って居た。奥さんが帰って来るのを待っていると、トイレ前で家内が誰かと話をしているが見えた。やはりその人が日本人の奥さんで有った。話をするとドイツ系カナダ人と結婚し欧州の旅に出て居るとの事である。但しその奥さん(のりこさん)も英語はそれほど旨く無いのでご主人との意思疎通に苦慮している様子で有った。そして、今日はその夫婦が25Hotelに泊るとの事でそのHotelを見て見たく付いて行った。ホテルは思っていた以上に清潔で、雰囲気も良いものと思えた。部屋の中で日本音楽CDのコピーを作り、のり子さんにあげた。そして12時迄そのHotelの部屋で話をし、Hotelを辞する。このHotelフォーミラー1(F1 Hotelと言うホテルのチエン店で有っり、トイレ、シャワーは共用だが、下がダブルベッドで上がシングルの3人迄泊まれる費用は130以下で、清潔なホテルで有った。
 ホテルの直ぐ脇に有ったスーパーで買い物をしてミュー(Millau方向のSt. Etienneへ向かう。St.Etienneの町中でF1 Hotelを探す。中々見付らず何度か人に尋ねるも、殆ど英語は通ぜずフランス語の回答を理解するのは大変で有る。そして4人目に聞いて、やっとF1Hotel見付った。このHotelは低価格Hotelのチェーン店で有る。13名が1室に泊る事が出来料金は同じ其処に泊る。部屋は清潔で、2段ベッドで下がWで上がシングルの3名迄泊る事が出来る。トイレとシャワーは共用で有るが、TVと洗面台は室内に有る。
宿泊費28
走行距離91Km 給油37.38






1217() Mendeの町の近くのHotel
 朝St.EtienneF1 Hotel9時に出る。そして、ル・ピュイ・アン・ヴレイ(Le Puy-en-Veloy)の町を目指しSt.Etienneの町を出る。町を出るに殆ど迷わなかった。1時間程で ル・ピュイ・アン・ヴレイ の町に到着、観光案内所の標識を頼りに町の中心に向かうと大きな駐車場が有り、其処に車を止め観光案内所を探す。有ったのは 地図の表示板だけで有った。しかし、其の位置からこの町で見ようとした教会の塔と山の上に建てられた巨大なマリヤ像が見えたので、其の塔を目指し路地を教会の有る高台へ向かい歩いて行った。そして、教会に行き、内部を見学し教会の塔に登ろうとしたが、入り口が見付らず塔に登る事を諦めた。マリヤ像へも登る事が出来なかった。仕方なく路地を下り駐車場に戻る。そして、世界最長の橋の有るミュー(Millauへ向かう。一般道を走り最長の橋は高速道に有り、その高速にぶつかった Mende町のHotel4時泊る。
宿泊費38
走行距離252Km 給油41.5






1218() PalavasHotel F1  
               世界一高い橋桁の橋
 朝、9時チェクアウトする。外に同宿のライダー2人がオートバイのエンジンを掛けるのに苦慮していた。これから2人でスペインに行きモロッコからアフリカの旅をすると言っていた。これから私は世界1長い橋を渡りに行くと言ったら、世界1高い橋だと教えてくれた。そして2人に別れを言ってHotelを出る。直ぐ高速のインターに着きミュー(Millau方面に乗る。1時間程で橋に到着、4,9を払い橋を通過する。橋が高いとは実感出来ず、橋の下へ行く事にして直ぐのインターを降りる。そして、反対側の一般道を行こうとしたが高速に入ってしまい、再び4,9を払い橋を通過する。直ぐにインターを出てMillauの町に行く。すると観光案内所が有ったので少し迷ったが探し出し、市内地図と橋の下へ行く道を聞く。そして橋の下へ向かう、橋の真下には橋の観光センターが有り建設時のパネル等が展示されて居た。高さ370mと書いて有った。少し写真を撮り、その場所で昼食を取る。町に戻りガイドブックに書かれて居る、鍾乳洞に行こうと道を探すも見付らず再び観光案内所へ行く冬季は鍾乳洞が閉鎖されているとの事。仕方なく町中の公園で開かれていたクラシックカーのコンテストを見に行った。1940年代の車の中に何故かSW201台交ぜっていた。その後モンペリエ(Montpellierへ向かい、少し先のSeteと言う町の F1 Hotelに行くも、ホテルは刑務所の隣なの家内泊まるのはいやだと言い出した。再びモンペリエ(Montpellierの町に戻り町中をさ迷いPalavasの町に向かう。Palavasの町に入ると直ぐにHotel F1が見付った。周りには安Hotelが幾つも建っていた。
宿泊費28
走行距離251Km 給油0






1219()ViasCamp
 朝、PalavasHotel F19時半チェックアウトしてMontpellierの町中へ行く。この町の観光案内所も中々見付らなかった。 町の中心地のComedic広場に出た。其処ではクリスマスに対しての品々を売る特設ブースが設けられ、多くの人が出て居た。そしてガイドブックに有る観光案内所に行ったら、移転しており案内図に従い観光案内所へ歩いて行く。そこはHotel博物館の中に有り市内地図を貰い市内観光をする。
 先ずコメディー(Comedic広場へ戻り、広場で開かれているクリスマス・ノエルフィステバルで小さなお店が沢山出ていたのを見て廻る。車に戻り、町の反対側に有る集水場、高さ20m程有るアーチ形の水道橋が880m続いて場所に行く。水道橋の下に車を停め、水道橋、貯水場を見て、その先に有る凱旋門、更に街並を見た後、町から海岸線を走る一般道目指し町を出る。隣の大きな町Bezieraの手前に有るCamp場へ行く。海岸に出て是が初めて見る地中海だと感動!そして、これ又迷いCamp場に入る。しかし、ここでもフランス語しか話せず困って居たら、英語の出来るフランス人Camperが居て助けてくれた。そのCamperCamping Carの中へ呼んでくれて、お茶を飲みながら話をする。夏季はヨットでフランス運河を廻り、冬季はキャンピングカーでヨーロッパを廻って居るとの事。夕方に成ったので、明日又話をしようとキャンピングカーを辞する。
宿泊費16.6
走行距離124Km 給油39.16






1220() ViasCamp   
           世界遺産ミディ(Midi)運河
 朝、9Camp場で手続きをし、外に出る。昨日聞いたフランスの運河を見るべく、一般道を通りカルカッソン(Carcassonneの町を通り更に北に向かう。そして、次の町に行き、一般道を走るも全くMealの町に着かない。町の観光案内所で聞くとMeal運河は数百キロに延びており、この町も通って居るとの事、今迄何度もMeal運河を見てきた事に成る。世界遺産に登録されたミディ(Midi)運河全体で有った。時間も4時に成り、高速に乗りViasCamp場へ戻る。戻ると、昨日のフランス人夫婦は居なく成っていた。朝、当方がキャンプ場に戻る旨を、フランス人夫婦に事を告げて居なかった為かと思われた。
宿泊費16.6
走行距離353Km 給油41.2












1221()カルカッソンHotel F1 
             世界遺産カルカッソンの城塞
 ViasCamp場を9時に出てBeziersの町に出て高速に乗り、カルカッソン(Carcassonneの町へ向かう。11時頃町に到着する。この町でも観光案内所を探すのに道に迷い、案内図は見つけるも観光案内所は結果は見つけられなかった。その内にこの町のメイン観光のポイントで有るカルカッソン(Carcassonneの城壁に着く。直ぐ脇に有る駐車場に車を停め城壁内に入る。入ると直ぐ観光案内所が有り城内及カルカッソン(Carcassonne市内の地図を貰う。城内を2時間程見学し、昨日苦労して探しMeal運河もこの町を通っており、運河を見に行く。小さな水門が見受けられた。次に町の繁華街を歩く、切手屋が有り、店を覗くとパリーより安い。初日カバーが相当数1で売られて居た数枚購入しコインも安く売っていたので其れを購入し、4時過ぎ、高速道入り口近くのHotel F1に泊る。
宿泊費25.4
走行距離139Km 給油33.52






1222() カルカッソンHotel F1
 朝9時、Hotelを出発しカルカッソン(Carcassonne町の北部に有るChateaux de Lastours野町の城跡を見に行く。1時間程で城跡に到着するも、城跡は高さ100m程の小山の上に建っており、下から見上げただけで城跡へ行くのを諦めた。そして更に山奥の方向に細い道を進み、フランスの田舎の風景を満喫した。
 その後、カルカッソン(Carcassonneの町の観光案内所に行きネットカフェの場所を聞き、1時間ネットを打ち4Hotelに戻る。Hotelに於いて年賀状の印刷を実施した。しかし完成迄には至らなかったもう1日宿泊が必要かと思った。走行距離の記録用ノートが見付らなく成ってしまった、前に止まったホテルに忘れて来たのかと思われる。但し、記録は全てパソコンに転記されて居るので問題は無いが
宿泊費25.4
走行距離90Km 給油0






1223()Le Barcares のL’Europe Camp
 朝7時に起き、昨日に引き続き年賀状の印刷を行う。1010分前に成っても完の目処が立たなかったがHotelのチェックアウト時間なのでホテルを出る事にした。Hotelを出て一般道をナルボンヌNarbonneの町迄戻り、地中海沿いの道をペルピニヤン(Perpignanの町の郊外に有るLe Barcares と言うリゾートタウンに有るCamp場を目指して走る。ナルボンヌの町に有ったスーパー・カールフルにてガスボンベを見つけ10本購入した欧州ではガスボンベの単価は3.5490円)と大変高い、スーパーの店員が表示価格は1本の値段ですよと念を推しに来た。 Le Barcares の町の近くで少し迷ったが、町観光案内所Camp場の場所を聞きCamp場へ行く。この町は地中海岸沿いに有る町で、又スペインとの国境迄100キロ程の処に有る町である。
 フランス語で軽油はGAZOLEと書かれている、後にDizelと小さく表示されている。
宿泊費17
走行距離0Km 給油0






1224()Le Barcares のL’Europe Camp
 朝起きて、車の中で朝食を取り年賀状の印刷を行う。午前中に印刷を終え、昼食後切手を買いに町の郵便局に行く。しかし郵便局はクリスマス休暇で30日迄休みに成っていた。仕方なく近くに有ったスーパーにて食材を購入し、海岸に有る観光案内所にてピレネー山へ登る登山電車の出発地や場所の情報を聞く。暫く海岸を散歩し、帰りにガソリンスタンドに寄り燃料を満タンにする。そしてCamp場に戻り年賀状の宛名書を行う。
宿泊費17
走行距離167Km 給油33






1225()Le Barcares のL’Europe Camp
 午前中年賀状の住所書し、午後海岸を散歩する。アメリカであったクリスマス当日は町に全く人影が無かったのに比べ、このフランスの町では 結構な人が町を歩いていた。そしてCamp場に戻り住所書きをし、5時過ぎ日本宛の年賀状を書き終える。その他海外用は少し残る。 今日でベルギーで買った水が無くなり、先日フランスには入り、スーパーで買った水を飲んだらガス入りで有った。欧州ではスーパーでも水の半分の種類はガス入りが売られている。購入する時十分注意をしたつもりだったが、又もや失敗で有った。ガス入りはどうも私の口に合わない。
宿泊費17
走行距離5Km 給油0






1226()ペルピニヤPerpignanHotel Etap Accor


 朝、9Camp場を出てペルピニヤン (Perpignan)の町に向かう。町の中心部の観光案内所が開いており、市内地図と町の見所を聞く。この町にも中世に作られた門が有り先ず門を見に行く風が強く冷たい。商店街も歩いたが1軒も開いている店が無かった。次に五稜郭と同じ様な城郭内に有るお城に行く。城内に入り見張り台に登る、市内全域が見渡せ大変素晴らしいが、風が強烈で大変冷たい。そこそこにして城を出て、お城の前の駐車場で昼食を取る。そして、家内の要望でペルピニヤン Perpignanの町から30Km程行った、スペインの国境近くのCerelの町に有る美術館に向かった。美術館で絵を見たが、小さな町の美術館で有り点数はそれほど多く無かった。その町の中央広場でもクリスマス用の小さな店が並んで居た、又、周りの家も出窓や玄関にクリスマスの飾りつけが成され、結構綺麗な雰囲気で有った。再びペルピニヤン (Perpignan)の町へ戻り、中価格のホテルチェン店Etap Accor Hotelに泊る。4時頃このHotel着くも、入り口が閉まって居た。入り口脇に自動受付機が有り、クレジット・カードで受付を済ます。すると、6桁のナンバーと部屋番号がレシートに書かれ打ち出されてきた。其の指示に従い、玄関のダイヤルロックを解除し、ホテル内に入り、指示された部屋に行き、ダイヤル・ロックを解除し、チェックインする。この宿も1部屋3人迄泊れ同一価格で有った。部屋にガスコンロを持ち込み夕食を作り食べる。朝もコヒーを沸かし朝食を取る予定。
Etap Accor Hotelibis Hotel、F1 ibis Hotelは全て同じグループ会社で有った。Hotelにて、欧州全体のチエン店の所在ガイドブックを無料で手に入れる事が出来る。 
宿泊費32
走行距離107Km 給油0






1227()ペルピニヤン( PerpignanHotel F1


 朝、7時半Hotelを出て、町から50Km程北に有るヴィルフィランシュ・デ・コンフィエントの町へ向かう。その町の駅前に車を駐車し、2日前Camp場の有る町の観光案内所にて電車の時刻表を貰い、それによって計画を立てた。窓口で時間を言うと其の時間に電車は無く、2時間過ぎた処でバスで繋ぐ便が有るとの事、其の切符を購入する。9:15発のピレネー山登山電車の出発駅Lataur de Carol行きの電車に乗る。2時間電車に乗り、ピレネー山登山電車の出発駅に到着。駅前には何の施設も無く、自然の中の駅で大変寒かった。駅舎内の喫茶室でコーヒーとパンを買い、暖を取りながら昼食を取る。327発の登山電車でピレネー山頂登る。電車は小さな2両編成、レイル幅が狭い為良く左右に揺れる。狭い谷間を縫う様に走る。山頂にて2時間程散策し下山する。車を停めた駅に戻ったのは6時過ぎ、辺りは暗くなっていた。今日は昨日泊ったホテルに泊まることにして、今日来た道を戻る。しかし、ホテルがどうしても見つからない、するとF1ホテルの看板が見えたので、そこに泊まる事に下した。チェックイン時間は午後840分で有った。
宿泊費28
走行距離152Km 給油0






           21番目の訪問国 スペイン(1)




1228()スペインL’EscaraCamp
 朝9時過ぎHotelを出る。そしてペルピニヤン(Perpignan市内の郵便局へ行き、75C切手を115枚と90C切手を10枚購入し車に戻る。駐車場の車の中で切手の貼り付け作業をし、ポストに投函した。これでもうフランスに居なければ成らない理由が無くなったのでSpainへ向かう事にした。次にペルピニヤンの郊外のスーパーを探し食料を購入し、そのスーパーの駐車場で昼食を済ませた。そして、高速N6に乗りSpainを目指す。Spain国境迄100Km程、1時間で国境に到着。以前の国境ゲートが物々しく残って居る、ゲートを減速して通過。遂に21カ国目に入国した。国境から50Km程の町Gironaの町に到着、直ぐ町の中心部に進み観光案内所を探す。観光案内所を見付け車を止め、観光案内所に入ろうとしたがドアーに鍵が掛かって居た。諦めて帰ろうとしたら中から係員が来てドアーを開けてくれた。例の如く市内地図を貰い市内の名所を聞き、次にCamp場の場所を聞く。時間が無いので、市内見物を諦めCamp場に向かう。その町よりフランス国境の方へ20Km程戻った所のリゾート地内に有るCamp場に向かう。暗くなる5時前にCamp場に到着し、取り合えず2日の宿泊したい旨伝える。すると3日目の1230日でCamp場を閉めるとの事、次の宿泊先を考えなければ成らない。
宿泊費16
走行距離172Km 給油38.65
                 France走行距離2,906Km

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